思いは現実を創っているか?

思いは現実をつくっているか?

「思いが現実を創っている」というのは、自己啓発的な本や経営の本などではよく語られることである。このことは思いによってどのような未来でも創れるという希望を与える。しかし、他方で、思っているのになかなか叶わない現実もある。さらに、これをこのまま受け入れるとすると、人間の感情的にはかなり受け入れ難いことが生じる。すなわち、現実に生じるあらゆるものの責任を引き受けなければならなくなり、いわゆる事故や事件というものがなくなってしまうのである(というのも、自分が見ている世界は、過去において自分が思ったことが現実化したに過ぎないと考えざるを得なくなるからである)。そうなってくると、あらゆるものは自分の思いが現実化しただけなので「被害者」「犠牲者」というものがいなくなってしまう。しかしながら、現実の社会において、被害を受けたと感じることは多い。突然、事故にあった(と感じられる)のに、その責任を全て引き受けなければならないとしたら、人間的・感情的に受け入れられるだろうか?なかなか困難であろう。そこで通常は「思いが現実をつくっている場面(自分の意思でなんとかなる部分)」と「そうではなく運命的なものであって抗うことができない場面(自分の意思によらない部分)」があるとして、何とか人間的感情に折り合いをつけているのが普通である。その結果、その境界線がわからず、抗いがたいと感じる部分(運命とされる部分)について、預言者や占い師あるいは神との仲介者などと言われる人たちの言うことに右往左往することになって、非常に不安定な立場に置かれることになる。別の言い方をすればこうも言えるかもしれない。すなわち、「思いが(全ての)現実を創っている」と考えると人生に対する責任は重くなる半面、人生は極めて単純で理解しやすいものになる。神秘的なものは何もなくなり、ただ、自分が何を思っているのかに注意を払うことになる(もっとも、意識から形成された「思い」には始まりも終わりもなく時間という概念を超越していそうだという点では神秘かもしれない。また、「思い」はあらゆる方向性なので、過去から未来へという直線的な時間軸を想定できなくなる。並行世界という考えにつながるのではないかと思う)。他方で、人生には「自分の意思ではどうにもならない部分(いわゆる運命)がある」という考えを受け入れると自分の人生に対する責任は少し軽くなるが、自分の意思によらないものに翻弄されることになるので、人生は不安定になり、かつ、極めて複雑で理解しにくいものになる、ということだろう。

 ところで、この問題を科学的に考えるとどうなるのだろうか。現在、物理学で支持されている量子論を前提としたらどうなのか。不確定な状況に対して観察者(観察者とは何者かという問題もある)はどのように影響を与えているのか。さらに、量子論は微小な世界のことのみなのかという問題もある。量子論が示す不思議な状況に対してはいろいろな「解釈」があり明確に証明されたものはない(そもそも「証明」などできるのかという疑問とともに、法律と同じように科学の分野でも「解釈」などというものが問題になることが興味深い。解釈という名のもとに本来あるべきものを制限している可能性がある)。量子論が示す現象は、そこにいろいろな解釈はあるのかもしれないが、人間的な常識を大きく覆す内容が含まれていることは確かのように思われる。もっと普通の人が広く知るべき学問領域だと思うが、今のところ、思いが現実化するのかという疑問に直ちには答えてくれないようである。そこで、結局は、自ら実践してみるほかないことになる。やってみて自らそれが真実がどうか判断するしかない。実践(体験)こそが真実か否かの試金石である。そして、これは自分の内面の在り方の問題なので、自分とは別のものに依存するわけでもなく、何かを,別のものを崇拝するわけでもなく安全な試みであると思う。「思い」によって現実化する場合と現実化しない場合の境界線は何なのか。何が妨げているのか。面白い試みだと思う。
ところで、この問題を考えていたときに以下の一節を思い出した。

「もし望みが叶えられない場合は、その科(とが)は自分自らの内にあるのであって、神にはないことを知らなければなりません。そのような時は、もとに戻って求め直すのではなく、エリアのようにコップが満たされるまでコップを差し伸ばし続けるのです。・・」(「ヒマラヤ聖者の生活探求」霞ケ関書房 第二巻45頁)

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