修学費用返還制度などの有効性
「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」(労基法16条)とされています。
当該規定の趣旨は「戦前においては、雇用契約締結に際し、契約期間の途中で労働者が転職したり帰郷したりした場合は一定額の違約金を支払う約定や、労働者の諸種の契約違反や不法行為につきあらかじめ損害賠償額を予定する約定が行われ、労働者の足止めや身分的従属の創出に利用された」(「労働法」菅野和夫著 弘文堂10版170頁参照)ことに鑑みて、このような拘束的労働慣行を禁止し、労働者の退職の自由を確保しようとした趣旨と解されているようです。
ところで、使用者が労働者の留学費用を負担したり、技能習得のための費用を支出する場合、労働者が修学後(MBAや看護師資格、2種免許資格等)すぐに転職などされると企業にとっては打撃です。そこで、使用者が被用者に修学費用を貸与する形をとり、ただし、一定期間勤務すればその費用を免除し、そうでない場合にはその返還を義務付けるという約定がなされることが多いようです。
実際の相談では、なんらかの理由で途中で退職や転職せざるを得なくなった場合に、当該約定が前記労基法16条(強行規定)に違反しないかという形で問題になるのです。
裁判例では、タクシーの2種免許取得に要する費用等について労基法16条に違反せず有効としたもの(東京地判平成20年6月4日 労判973号67頁等)やMBA取得費用について労基法16条に違反せず有効としたものがあるようです(東京地判平成14年4月16日労判827号40頁等)。しかし、他方で看護師資格取得にかかる修学費用などについて労基法16条に違反し無効としたもの(大阪地判平成14年11月1日労判840号32頁)もあります。
結局のところ裁判例は、①当該企業の業務との関連性が強いか(留学や研修の任意性、修学期間中の労働者の拘束性の有無) ②労働者個人としての利益性が強いか(資格などはどこでも通用すると思われる)③終了後の拘束期間の長さや返還対象となる金額が多いかなどを考慮して、実質的に労働者の自由意思を不当に拘束し退職の自由を奪うものなのか、それともそこまでは至らず労働契約とは別個の消費貸借契約といえるのかどうかを事件ごとに判断しているようであり、それが妥当だと思います。
学説上は消費貸借と返還免除特約の形式を整え、その旨を労働者に明確に説明したのであれば、労基法16条に違反しないとの見解もあるようですが、企業と労働者の力関係を考えるとやや割り切りすぎているように感じます。